私が、公務員の仕事を捨てて、沖縄に移住して、心からの喜びと幸せをどうやって手に入れることができたのか?

そのコツをお話ししたいと思います。

辞表を出すとき、さすがに恐怖を感じました。

私は、以前のブログでも書いていたように、波動(周波数)を上げる訓練していて、かなりの波動は上がっていました。

なので、フリーランスをしていたのですが、2020年の4月に、55歳にして県庁の職員に採用されてしまったのです。

 

その時は、ボーナスももらえるし毎月安定してるのは美味しいかなと思い、県庁の職員になりました。

自分も波動が上げっているので、その仕事は、とても楽な仕事で、職場環境は最高良くて、人間関係のストレスも0な職場でした。

 

残業も無く、その職場環境は、食堂はたくさんのメニューがあって安くて美味しいし、お昼にはソファーに座って休憩が出来て、仕事中にも休憩室があって、自由に休憩できます。

辞める理由が、どこにも見当たらない職場に55歳でも就職できたのです。

 

これは、波動を上げれば誰でも可能です。

その職場に4月1日に入って、4月の29日には辞表を出したのです。

 

人生のテーマに気づいて行動した

辞表を出した、詳しいいきさつと心情をお話しします。

2019年の暮れにFacebookで龍神さんとチャネリング出来る人と知り合いました。

 

2020年の4月27日の夜、何気ない会話から私が「将来は宮崎県とか暖かいところに住みたいな。」と言ったところ。

その人が「ちょっと待ってて。」とチャネリングして、なんと「龍神さんが、7月になる前に沖縄に来いって言ってるよ。」と言うのです。

 

まぁ普通、会社を退職するのにも1カ月前とかいいますから、土日もあるので、29日には退職届け出さないと間に合わないなと思いました。

私は、それで沖縄行を決意して、29日には退職届をだすのですが、決意した理由は龍神さんが言われたと言うだけではありませんでした。

 

沖縄に住むと言う話が出るのは、これで3回目なんです。

1回目は、18歳の時、家出に近い形で友人を頼りに沖縄に行き1カ月ほど住んだことがあります。

 

その時は、未成年のせいなのか親がものすごい勢いで引き戻そうとしました。

私は、その時はかなり悩んだのですが親の言うことを聞いて戻りました。

 

そして25歳の時も、その沖縄の友人宅へ遊びに行ってかなりの日数を沖縄で過ごしました。

沖縄は性に合ってるのか帰りたくなくなって、帰りの飛行機には乗らないと決意した、矢先にお袋から電話が来て「ちゃんと飛行機に乗るんでしょうね。」と念を押されて、帰らないと決意したのも吹っ飛んでしまったのです。

 

私はこれらを思い出し、私は55歳になっても親のコントロール下にあって、小さいころ言われてきた親の言葉に沿って生きて来ただけなんだな。と理解したのです。

親も生まれる前に自分で決めて来た親なのです。この親にコントロールされて、そこから自由になると言うシナリオを書いて来たのだなと理解しました。

 

今世中にクリアしなかった来世も同じことを繰り返すでしょう。

なので、これで決着をつけなくてはならんなぁと思いました。

 

それと、自分のハートにも聞きました。

本心は、県庁の仕事は楽だけど、10年とか続けたいか?と聞くと「やりたくない。」が答えでした。

 

その3つの理由で、思い切って退職してノープランで沖縄に行くことを決めたのです。

 

決めてからは恐れをどう克服するか。

恐れとは思考で考えるものなので、思考をハートに降ろして、ハートを意識することを常にやり、ハートで考えるようにしました。

 

思考を停止させ、ハートを意識することで恐れを手放して行きました。

 

宇宙を信じる 自分を信じる

沖縄で住むところが決まるまでは、いろいろなことがありました。

最初は、6月15日に車をフェリーで輸送する予約をしてたのですが、当日の朝一で埠頭に行くと

 

係員の人に「輸送業者からの車のナンバーの連絡をもらってないから乗せられない。」と言われました。

そこで業者に電話を何度入れてもつながりません。

 

私は、騙されたのか!と思ってしまいました。

普段焦らない私ですが、この時ばかりはかなり焦りました。

 

そこで「これも自分で作って来たシナリオだから問題は無い。」「なにもかもうまく行っている。」と何度もアファメーションしました。

これですぐに落ち着きを取り戻しました。

 

そこで、業者にメールを打ってから待つこと1時間以上、係員から「受付出来たので大丈夫です。」と言われ許可がでました。

しかしまた係員に、「車に荷物は乗せられないんですよね。」と言われました。

軽自動車だけど、商売道具のパソコンとか、しばらくしのぐ服とか、少しながらの荷物があります。

 

ネットで調べて空車しか送れなく、窓から見えなくなるほど荷物を積んだら拒否されるのも知ってました。

なので窓にはかからない程度の最小の荷物にまとめて来ました。

 

それでも係員に注意されたので、「壊れてもクレームは言わないし責任は問わないからだいじょう大丈夫だよ。」と言ってOKをもらいまいした。

車はこれで運ぶことができました。

 

15日に私は飛行機で那覇に入り19日まで車の到着を待ちました。

その間に、龍神さんと話せる人のつてで、南城市に住まいの情報を教えてくれる人がいるよ。と言うことでその人に会いに行きました。

 

その方は、南城市でヒーラーをやってる方でした。

そのヒーリングを受けてお話しすると、住まいが決まるまでの安い宿を教えてもらいました。

 

6月19日から奥武島の民宿で7月4日まで滞在することになりました。

民宿に滞在してる時に、ヒーラーの方が一緒に良さげなマンションを案内してくれて、海の見える良いマンションが一室だけ空きがありました。

 

そのマンションに入るには審査があり2週間かかると言われました。

沖縄の審査はとても厳しいそうです。

 

私は本当は、すでに仕事は失っているので審査に通るのか不安が出そうになる時もありました。

しかし不安は現実化するので、不安は出せません。ここでも「なにもかもうまく行っている。」とアファメーションして不安を出さないようにしました。

 

そうこうしているうちに不動産屋から「審査が通りました。」と言われほっとしたつかの間に、「住民票と印鑑証明が必用です。」と言われました。

私は、もうすでに前の町で転出届を出しているので、そんなもの出せるはずがないと思いここでもかなり焦りました。

 

案の定、前の町役場に電話したら「もう転出してるので出せませんよ。」と言われました。

目の前真っ暗になりそうだったのですが、落ち着いて考えれば良い方法も浮かんできました。

 

ここではどんな方法か書けないのですが、綱渡りですが、その問題もクリアできました。

 

そして、素晴らしい景観のマンションに住むことが出来たのですが、私は普通にしていたら、ここまでたどり着けなかったのではないかなと思います。

どんなことがあっても、「なにもかもうまく行っている。」「これは自分で書いて来たシナリオだから大丈夫なんだ。」

「どう転んでも大丈夫。」と宇宙と自分を信じるようにアファメーションして来た賜物と思います。

 

本当の自由 本当の開放

私は沖縄に来て、本当の自由と本当の開放を経験しました。

今まで、どんなに波動を上げる訓練をして、環境が良い仕事、人間関係も問題なくなっても、本当の自由と解放は得られていませんでした。

 

親のコントロール、または知らず知らずに順応してた小さいころからの親の言葉の影響。

これらを完全に手放したことで、真の自由と解放を得られたことを感じています。

 

日本人のほとんどの人は、親のコントロールに気付かず、自分の人生だと勘違いして生きています。

私のクライアントでも、親のコントロールを受けていて人生が苦しい人がほとんどです。

 

私のセッションを受けて、初めてそれに気付く人もたくさんいます。

私は、その人たちを開放するためにも、55歳にして親のコントロールを外すと言う経験をしたのだと思います。

 

人生の棚卸しをして、よく自分を見つめて、恐れと観念と常識を手放して行動した時に初めて、本当の自由と解放が実現します。

 

夢実現・「魂の開放コーチング」とは、

人生の棚卸をして、今までに積もっていたものをクリアリングして、

言霊の力で、制限を無くし、人生を自由に謳歌できるようにします。

ネガティブ感情を感謝に変えて、すべてをゆるし神の領域にします。

人生を自分で造ることが、出来るようになり、自分のやりたいことや夢を、実現出来るようになります。

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